たまりば

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つれづれなるままに、思い出した戦国小ネタを気が向いた時に更新します!

2007年12月17日

加藤左馬助嘉明

感動話第二段。
加藤嘉明。通称左馬助。秀吉さん子飼いの部下で、賎ケ嶽七本槍の一人。
嘉明さんというと、伊予松山城を思い浮かべます。あの壮大にして美しき城。
秀吉さんの子飼いは加藤清正はじめ、築城名人が多いですな。

それはともかく嘉明さん。部下に西川某(仮名)という武士がおりましたが、関ヶ原の戦いの後、西川は、
「訳あって出仕を辞退する。ただ二君にはまみえず。お家の一大事には必ず駆け付ける」とだけを言いを残し、友人が留めるのも聞かず、勝手に禄を返上しいずこかに旅だってしまった。
脱サラしてフリーターになったのだ。
西川はその後、14年間諸国を転々としたが、徳川と豊臣、東西手切れとなっていざ合戦、となった時、「すわ、お家の一大事」と加藤家に駆け戻ってきました。
西川は流石に気まずかったのか、友人にだけ戻ったことを伝えると、友人から主人の嘉明まで話が行き、謁見となりました。
ドキドキの西川くん。そりゃそうです。勝手に仕事を投げすてていなくなった訳ですから。殿さまに「よぅ西川、ノコノコ舞い戻ってくるとはいい度胸だ」
と切腹を申し渡されても文句は言えません。あれこれ考えて気絶寸前の西川くん。そんな時に嘉明が現れ、
「西川、しばらくだな。元気にしておったか。お前が戻ってくるのを待っていたぞ」
と嘉明。
ひたすら恐縮するしどろもどろの西川とは裏腹に、帰参の話はとんとん拍子、見事西川の再出仕が決定しました。
「とっ殿!手前の帰参をお許し頂けるとは…!」
感動の西川。
そこで嘉明の旦那は、「西川にあれをもて」と、西川の前に、ドスンッ、と山の様な金を用意させました。
わけがわからず目が点の西川に、
「西川、お前の14年間分の給与だ。お前が帰って来ると信じて、お前の分の給与をとっておいた。受け取れ」
と嘉明。
西川はビックリ仰天して、
「殿!私はこの14年間仕事をしておりませんでした。どうしてこの金を受け取れましょうや」
と西川。当たり前です。
すると嘉明は
「いや、お前は確かに仕事はしておらなんだが、この14年の間、主君はこの嘉明だけと決めて、他家に士官することもなく、貧乏暮らしを送ってきた。そしてこの東西手切れに及んで当家に戻ってきてくれた。わしはその心根が嬉しい。だからお前にこの金を受け取ってもらいたいのだ」と。
西川は涙を流して
「私は馬鹿なことをいたしました。もう二度とご当家を離れたりはいたしませぬ」

西川がその後、加藤家の為に不借身命の働きをしたのは言うまでもありません。



  • Posted by せんごく at 00:22│Comments(0)
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