たまりば

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つれづれなるままに、思い出した戦国小ネタを気が向いた時に更新します!

2007年11月14日

Bigなのになぜ?

筑後柳川といえば、そうあの旦那、立花宗茂!ではなくて、今回は田中吉政です。小ネタというか、小さな不思議。
田中さん、秀吉さんの家来として累進し、豊臣政権下で三河の岡崎でしたっけ、東海道のどっかで10万石程度の大名だったと記憶してます。江戸の徳川対策として、万一家康が秀吉に叛旗を翻して上京してきたときは、駿河・遠江・三河東海三国で食い止める為に選ばれた家来ね。それなりに秀吉さんから信頼されてたオッサンです。ちなみに、駿府に中村一氏、掛川に山内一豊、浜松に堀尾吉晴、そんで確か岡崎に田中さん、清洲に福島正則。清洲は尾張だけどね。あれ、どっかに生駒なんとかが入ったけな?
それはともかく、関ヶ原の合戦の際も家康方東軍に属し、その恩賞として筑後32万石に封ぜられました。
大大名です。豊家出身では加藤清正、黒田長政、池田輝政、福島正則につぐくらいの大出世!
にも関わらず、こいつの名言・武勇伝が一切ない。もちろん全くないわけではないのだろうが、あたしが読んできた本の中には出てこなかった。30万石クラスの大名のくせに!
田中吉政をフィーチャーした本もない!森可成とかですらあるのに(笑)たいがいはあんなことやった、そんなこと言ったと、なんか一つくらいあってもよいものを。えぇ、いいんですよ、謙信さんの「酒の肴は梅干しに限る」程度のことでもいいんです(笑)(戦国武将一日一言よりPHP文庫)。そんな他愛ないエピソードすら聞こえてこない!コイツは何者なんだと。
まぁ、関ヶ原後、落ち武者狩で朋友の三成さんを捕まえたっつーくらい。でもまぁこれは事実なだけでエピソードでもなんでもないけど。
まぁでも不思議です。仮にも30万石クラスの大名にまでのし上がった人物にも関わらず…わたくしめが不勉強故しらぬだけなのかどうか…
口説いですが 30万石…。
まぁ、コヤツは結局城普請等で領民を搾取しすぎたことで自滅したので、所詮はその程度の男だったのであろうなと。
まぁ諌言出来る家来がいなかったんでしょうな。大将に迎合するばかりの組織は駄目になるってことですね…。
また長くなった…



  • Posted by せんごく at 19:57│Comments(0)
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